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宵綴れ、どうやら足らず。
「は、ぁあっ…。ぁう…ッ」
宵闇に、吐息が途切れない。ギンコは四つん這いの恰好で布団に這って、後ろからそんな自分を抱いている男に、悪態を付きたくて堪らない気持ちだった。こんなのが、毎夜、毎夜のことだ。三日前に来て、どれだけ拒もうとしても、最後には抱かれてしまう。
昨夜なんぞ、化野は言ったのだ。
「…何をそんなに驚いてるんだ。器用だってか、この俺が。お前、存外、馬鹿なんだなぁ。医家の指が器用でどこか可笑しいか? ヒトの体のこと、知り尽くしてて可笑しいか?」
声もなく震え上がるギンコの耳に、さらに彼は囁く。
「な、そら。ここがいいのだろ。ここもだろう? お前は素直な肌してるから、隠せもせずにみんな判るぞ。ここよりももっと、こっちが辛いか? んん?」
「ひ、う…ぅ…ッ、はぁう…! も、や…やめ…。あぁ、あ…っ」
言葉も喘ぎも入り混じり、ギンコはこれ以上、乱れた声なぞ出さずに済むよう。乱れ切って自分から腰をすり寄せたりせぬよう、握り込んだ手の中のひと粒を、糸から外して、こっそりと口に含むのだ。それと入れ違いに、真っ白く濁った粒が唇から零れ、それを逆の手に握り込んで隠す。
指先に五つも乗るほどの小さな、不思議に透明な粒を、ギンコは喘ぐ口に含み、それを小さく舌で転がした。すると、快楽は少しずつ静まり、今にも変になりそうだった体も、随分と楽になっていく。それでも声は、少し出てしまうのだが。
「ふ、く…ぅ、ぅ、はあ…」
「……ん? なんか、奇妙だな…お前、急に」
何かに気付いた化野が、ギンコの体を表に返させようとして、彼の裸の方に手を掛ける。ギンコは嫌がって、無意識に腰を持ち上げながら体に力を入れていた。その突き出された腰を眺めて笑って、化野はその尻の割れ目に指を滑り込ませるのだ。
「なんだ、ここ、いじって欲しいってか? そうならそうと…」
「…ぁあ…。ひ、ぃッ、やぁぁ…っ」
叫んだ拍子に口から粒が零れた。その瞬間、快楽を吸い取ってくれるものが無くなり、ギンコの肌に、荒れ狂うような性欲が押し寄せる。尻穴を撫でられ、浅く指を差し込まれ、そこで丸を書くように指を揺すられて、ギンコはイってしまっていた。
手の中に隠していた使用済の白濁の粒。もう一方の手にあった、糸を通して綴ってあった透明な粒。幸い、それは化野の目に映るものではなかったが、それでも全部零れてしまって、ギンコは今日は朝まで、幾度気を失わされるか、判らない。
「あ、あだし…の…ッ。ゆ、ゆる、し…。頼むから、加減、して…」
「加減? してるだろ。お前の声が枯れる前にゃ、ちゃんと許してやってる」
あんまりなことを言う。いつも、叫ぶように泣いて、もう気が狂いそうだ、許してくれ、と、言ってるのに、まさかその内、俺を快楽で殺す気なのか?! それを言葉に出来ずに、ただ喘いで泣いて、快楽を吸い取ってくれる蟲の粒にも、今夜はもう頼れずに、気付いたらもう、とうに朝が来ている。
あぁ、全身がだるい。誰か別のヤツの体に心が入っちまったみたいに、腕も脚も動かない。
なんだぁ? 宵綴れ、という名前も、見るからに妖しいじゃないか。
そう言いながら、苦笑いして半信半疑のまま、蟲師専門のあやしい薬売りからこれを買ったのを覚えている。性の行為のとき口に含むことで、その快楽をこの粒に染み込ませ、今度は一人寝の寂しい時に、それをもう一度口に含めば、抱かれていると同じほどに感じることも出来る。のだそうだ。
まさか本当じゃああるまい、と思っていたが、化野があまりに夜毎攻め立てるから、信じないままつい口に含んだのは、いつが最初だったっけ。勿論、スキモノの金持ちか誰かに、売り付ける気で買ってみただけで、自分で使うなぞ今でも信じられない。
その上、一度抱かれるたび、五つも六つも粒を口にしてしまうから、もう未使用の透明なのは、残りが少なくなっていて。
あー…。無いと、堪えられんぞ、化野との夜は。
だって昨日は、結局、三度も意識が飛んじまったものなぁ。
「目が覚めたのか、ギンコ、起きれるか? 抱き起こしてやろうか」
「……うるさい。…朝飯」
「うん、出来てるぞ。お前の好きな」
「…その前に水浴びてぇ」
「あぁ、冷たいのを汲んである。風呂場に連れて行こう」
「……うん」
夜はケダモノ。でも、昼間はやたらと優しい恋人で。甘いようなやり取りが、ギンコは好きで、だからこのケダモノの事も好きで。
「…の、前に、茶を飲みてぇな」
「入れてきてやる」
化野を傍から追い払うと、ギンコは枕の周りに転がっている、白と透明の粒を拾い集め、それぞれ別々に糸に綴って木箱の抽斗の奥にしまいこんだ。白いのはもう長いのが二綴り。透明なのはもう十粒無いから、節約して使ったって、あと二晩抱かれたら無くなってしまう。
白く濁った宵綴れは、化野との夜の綴りも同様だ。
んん? まさか、そういう意味のこの蟲の名かよ。
い、いやらしい名だ。まったく。
さてさて、それにしてもな。どうやって手に入れようか。
熱い茶を入れてきて、化野がギンコの枕元に膝をつく。優しい顔で微笑んでいる彼を見ながら、ギンコはそんなことを思っているのだった。
終
「謎の蟲名一欄」より『宵綴れ(よいつづれ)』
作者コメントより
蟲師やらワタリやらが、生活資金に換えるのに良さそうな蟲ですが、そんな利用をしていいのかー。いや、あるようにあるだけなので、いいのか。笑。
惑い星・投稿
08/07/29