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紫 紅 牢



今日はここで休むか…。洞の中なら雨も風も凌げる。歩き疲れた体を壁に凭れかけさせて目を閉じるとすぐに意識は深い闇へと落ちていった。

ピキピキと小さな音が響く。
浮上した意識に、身を起こそうとしても片腕が思うように動かない。見れば紫の硝子のようなものが腕の半分に纏わり付くように絡んでいる。
ギンコはすぐさま立ち上がり、その場から逃れようとするが、それを遮るように目の前に紫の突起が次々と生え、行く手を阻むように伸びていく。そうこうしているうちに周囲はあっというまに紫の突起に囲まれてしまった。
そしてそれを待っていたかのように、じわり、と地面から湧き出してくる紅い水。みるみるうちにその液体は嵩を増して紫の突起の中へと吸い上げられ循環しはじめた。
以前に聴いた事がある蟲だ・・・名前は紫紅牢、だったか?その時の話では掌に乗る程度の大きさだと言っていなかったか。
片方の液体に浸かったままでいた手が、ドロリとした物の感触に触れギンコは青ざめた。
紅い液体が胃液のような性質を持っていてな、と。
食虫植物のように捕らえた獲物を溶かして食うというが、これほどのものとは…。もうこんなにも溶けている。
これはさすがに、調査をしたくとも喰われる側を身をもって体験するわけにはいかんだろう。とにかく、この状況を回避しなければと木箱を手に取ろうとすれば、新たに突起が生えて液体に浮かぶ木箱をさらに遠くへと押しやっていく。
おいおい、冗談じゃねぇぞ。
必死に手を伸ばしても片腕が捕らえられたままでは限界があった。
あと、少し…。指先が肩紐を掠める。その間も紫の突起は伸び続け、丸い球体を作り上げるようにパキパキと音を立てながら形を整えていく。
完全な球体になって紅い液体で満たされる前に何とかしねぇと。
誰か居ないか・・!風でもいい、その木箱をこちらへ僅かでいい寄せてくれやしないか。
おぉい・・・
声が響いた。

*** 終










「謎の蟲名一欄」より『紫紅牢(しこうろう)』

影太朗様・投稿


08/07/22