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その土に在りし



「…あぁ、また見える、な」

喘ぐことも堪えていたくせに、唐突にイサザはそうつぶやいたのだ、クマドは構いもせず、彼の両ももを開かせて両脇腹に押さえ込み、ぐい、と、体を進ませた。穿たれていた体が、さらに奥に突き当たる場所までえぐられて、しなる草のようにイサザがのけ反る。

成人するまでに、あと数年あるだろうか。若い体は疲れを知らないが、性交が長引けば、やはり辛いのか少し息が浅い。汗ばんだ黒髪を額に纏い付かせ、首で仰向いたまま、彼の目はぼんやりと空を見ていた。
 薄く翠に透ける色した、あれは蟲だ。わすかばかりの風に、澱んではゆらりゆれ、絡まり解ける絹糸のような姿。その時によって、色は少しずつ違っている。
 まだ小さい頃、彼は時折その蟲を見つけては、傍にいる仲間に、蟲の名を聞いていた。大人のワタリらは皆どうしてか、そのたび、目を逸らし、自分には見えないとか、うるさい、とか言って彼をあしらったのだが。

「サトワタリ、か」
「あぁ…よく来るんだ。俺らが山を下りようとするとさ、いつの間にか傍にいて…。サトワタリ? どういう蟲だか、知ってる? クマド。仲間に聞いても、見えないって…言われるし、見るにはなんか、条件が、あんのかな、ぁ」

 クマドは、表情を変えずに小さく笑う。穿たれる体に微かな揺れが伝わって、彼が笑ったのだと、イサザだけには解るのだ。腰を引いて、突き上げる一瞬手前に教えてくれる、年に合わぬ低い声。
「光脈筋の山と、近くの里を行き来するだけの蟲だ」
「…は、ぁ…うぅ…。じゃ、なんでワタリ、って?」
 渡ってもいかないのに…。クマドは今度はイサザの耳に口を寄せ、湿った息と共に呟く。
「ワタリらに聞けばいい。あれが見えてない訳はないからな。お前は、あの蟲が嫌いじゃないのか?」
「………」

 何故そんなことを問う。問いながら、答えなどいらぬように、クマドはイサザを揺さぶった。身の内に食い込む熱は、静かに荒れ狂い、表に出さないクマドの何かを、イサザへと注ぎ込むようだ。

 快楽に眩みながら、イサザは思うのだ。見えない何か、見せない何かには理由があるのだろう。そうして見えているものを、知らない、見えないと言うワタリらにも、訳があるのだということを。
 サトワタリは群れを成し、ワタリらの歩みに従うように、光脈の流れに沿って山を下りるのだ。見え隠れしながら谷を越え、野をも進み…。あたかも、自分達までワタリであるように、迷いなくワタリらに着いてくる。
 けれども里の傍を通るとき、それらは皆、一斉に里の方へ流れて消えてしまう。旅し続ける事なく、サトワタリは里へ居着くのか。長く長く尾を引き、残光を残しながら、消え去る蟲らを、ワタリ達は視界の端に見て、誰も何も言わない。視線で追うこともしない。

 あぁ…、とイサザは息をつき、首筋に歯を立てているクマドの、その髪に頬擦り寄せた。
「嫌いじゃぁ、ないな、俺は。別に…」
 羨ましいだなどと、思わない。踏みしめる土が、そのたびに俺の里。どこにいようと、クマドとは行き会う。そうしてあの、どこか幼馴染みみたいなあいつとも時に行き会う。だから、里ならここに、ある、と思えるのだろう。

「何を笑う…?」

 果てたあと、ゆっくりと身を剥がし、少し掠れた声でクマドは聞いた。それよりもさらに掠れ切った声で、イサザは返す。

「あんただって…笑ってるだろ?」

 クマドは無表情のまま返事もせずに、手早く身繕いして、木箱を背負い歩き出す。遠ざかる背中をよく見れば、背負い紐の片方がえらくよじれていた。笑いを深めたイサザの視野には、いつしか集まったサトワタリたちが、景色を淡く覆っている。

 またワタリらが、流れてゆく時期が来たのだ。里もなく、けれど一歩ごと、里たる土を踏み締めて…。










「一から創作蟲」の『サトワタリ』

惑い星・投稿

08/04/30